男の鈍さの件

 今から40年程前のこと。

私は高校生で、埼玉県の朝霞市に住んでいました。

プラモデルを作っていたことで、ミリタリーに強い関心がありました。

どこで聞いたんだか、航空自衛隊の入間基地で、国際航空宇宙ショーというのが開催されることを知りまして。

1979年11月の後半のことです。

入間基地のお祭りは毎年あるそうですけど、このショーは三年に一度らしいのです。

空自の機体だけではなく、米軍機や民間機も来て、企業ブースもあるということで、行くことにしました。

もちろん、一人でね。

 

 ネットもスマホもない時代だけに、地図と時刻表だけを見て、行ったことのない入間への行き方を調べました。

結果、

東武東上線の朝霞駅から下って、川越駅まで行く

・そこから本川越の駅まで歩き、西武新宿線に乗る

狭山市駅入曽駅で降りて歩く(どちらにしたか記憶がありません)

となりました。

実際に行ってみると、駅から基地へと歩く人が大勢いて、特に迷うことはなかったです。

 

 ショーは素晴らしいものでした。

多数の機体が展示されていて、デモフライトも次々とされて、空自の機体、米軍の機体、民間の機体、見放題です。

印象に残っているのは、当時就航し始めたばかりのエアバスA-300のデモフライトがあったことです。

大きな機体故に派手な動きはなかったですが、基地の上空を悠然と飛ぶ姿にぐっと来たものです。

あと企業ブースもよかった。

本物ばかりなのは当たり前で、展示してあったHUDを覗けたり(パイロットの目の前にある透明な板に色々な情報を表示する装置)、フライトシミュレーターを操作できたりしました。

米軍の巨大な輸送機の中を歩ける展示もありました。

(こういうときに一人だと自由に動けるのが最高です)

カメラを持っていきましたけど、当時は当然ながらフィルムのカメラなので、残りのコマ数を気にしながらの撮影でした。

 

※当時の様子が記録された動画 ↓

https://www.youtube.com/watch?v=lux7rhPT7rs

 

 ショーを満喫していると、あることに気付きました。

それは、周囲の人々がショーのポスターと同じ絵柄の小冊子を持っていたことです。

駅から基地まで多数のポスターが貼ってあったので、絵柄は印象に残っていました。

私は思いました、「ははーん、来場者に配布しているパンフレットのようなものがあるんだな」。

それで配布している場所を探して、一部下さいと言ったのです。

すると返ってきたのが、

「◯◯円になります」

でした。

何と、有料だったのです。

(記憶が定かではありませんが、¥500くらいだと思います)

 

 困ったのは、この日は小遣いの支給日の直前で、財布の中にはあまり余裕がなかったことです。

記憶では、電車賃だけでギリギリの金額しか持っておらず、昼食を我慢していたくらいなのです。

そんな状況なのに、「有料ならいりません」と言えないのが私の悪いところ。

(なにが「ははーん」なんだか、ねぇ)

その小冊子は入手できたけど、さてどうするか。

こういうときにネットもスマホもないということを考えると、今ならちょっとした恐怖を感じますよね。

 

 冷静に帰途を考えてみると、入間から川越までと川越から朝霞までのどちらかは電車には乗れないから、徒歩で行く必要がありました。

頭の中で事前に見ていた地図を思い描き、入間から川越までを歩いたほうが距離が短いと判断し、歩きました。

そう、歩いたのですよ、約10kmを二時間かけて。

今は知りませんけど、入間から川越までは田舎で、自分が乗ってきた西武線も単線でフェンスもなく、ある程度の距離は線路の上を歩いた記憶があります。

昼食を抜いた高校生が水も飲まずに10kmを歩いて、川越の街並みが見えてきたときにどれだけ嬉しかったか、想像してくださると嬉しいです。

そして私は、東武東上線に乗り、無事に帰宅できました。

 

 休日でしたが、帰るとうちには母だけがいました。

自分がどれだけ苦労して帰宅出来たかを話すと、母は強めの口調でこう言いました。

「あんたバカだね、電話したら川越まで迎えに行ったのに」

あ、そうか。

でもさ、男性ってこういう所があるのですよ。

女性には無さそうですが、何か困っても黙ってその状況を受け入れてしまうような、そういうところがあるのです。

だから、片道二時間以上かかる大学に平気で通ったりしてしまうのです。

 

 例えばうちの母はよく、カジキマグロの煮付けを作ってくれましたが、私はそれが嫌いでした。

カジキマグロって身がボソボソしていて、ご飯が進むようなものじゃないと私は思うのです。

(今考えれば昭和一桁の専業主婦だけに上手に作れていたと思いますけどね)

でも何も言わず、出されれば黙って食べていました。

そして数十年が経ち、すっかり大人になってから、雑談の中で母にそのことを言ったのです。

すると母はビックリするような怒った調子で、

「あんたバカじゃないの、何でそのときにすぐ言わないの!?」

と言いました。

思い出話としてポロっと話したことで、こんなに怒られて驚きました。

母にしてみれば、言ってくれればカジキなんて出さなかったのに、その我慢して食べていた時間は無駄でしょ? ということになります。

その後いくつもそういう事が判明して、母は呆れていました。

 

 さて後日談。

お昼も食べずに10km歩いて帰ってきた可哀想なミリタリー少年の話は、父にも伝わりました。

父は面白がって、仕事で知り合った人にこの話をしたのです。

その人は、ミリタリー関係の本を多数出している出版社の重役でした。

その人はその話に感動してくれて、自分の会社で出している本や雑誌を何冊も、父経由でプレゼントしてくれたのです。

小冊子欲しさに10km歩いた少年のために、ね。

その手の本は結構いい値段なので、頂いたこちらが恐縮してしまいました。

今でもこのことは、感謝の想いでおります。

きちんとしたお礼ができなくて、すみませんでした。

 

 久しぶりに思い出した、ミリタリー少年の思い出話でした、お粗末。